
ありがたいことに、東郷駅前校には、今年は近隣5つの中学校から生徒たちが通ってきてくれています。
この記事では、実際に生徒たちにヒアリングした学校での英語授業の様子、そして現在使用されている教科書について、現場の立場から考察してみたいと思います。
教科書が難しくなったのは、間違いない事実
まず前提として、
現在の中学校英語の教科書は、確実に難しくなっています。
10数年前と比べると分量は明らかに増え、
かつて高校で扱っていた文法項目が中学校に降りてきました。
その結果、授業は速いペースで進めなければ終わらず、
立ち止まって説明する余裕が取りにくい構造になっています。
この点については、現場の先生方が厳しい日程の中で授業を回していることも含め、十分理解しています。
それでも、この教科書が使われている理由
では、なぜこのような教科書が公教育で採択されているのでしょうか。
理由は明確です。
英語が「知識を覚える科目」から、
「英語で何ができるか」を問う科目へと役割を変えたからです。
自己紹介をする。
好きなことを伝える。
自分の考えを理由とともに話す。
そうした活動を成立させるため、
語彙も表現も一気に増え、教科書は高密度になりました。
方向性そのものは、決して間違っていません。
ただし、それを成立させるには、非常に高い授業設計力が求められます。
教科書は、プロ仕様の道具になった
現在の英語教科書は、高性能です。
しかし同時に、扱う側の力量を強く要求する教材でもあります。
- どこを丁寧に扱うのか
- どこは流すのか
- どこで日本語に戻すのか
- どこで理解を作るのか
これらを毎時間判断し続けなければ、
教科書はただ速く進むだけの存在になります。
これは生徒にとってだけでなく、
先生にとっても負荷の高い教材です。
指導の違いが、結果として現れている
ここからは、生徒たちから聞く授業の一例です。
- 英単語の意味を調べさせる
- 英語のまま内容理解の質問をする
- 授業の最後に日本語訳プリントを配る
- ノートに貼らせて終了
一見すると、英語を使った授業に見えるかもしれません。
しかし冷静に考えてみると、理解は授業中に作られていません。
授業中は分からないまま進み、
後から日本語訳を見て「そういう意味だったのか」と知る。
これでは、英語ができるようになるはずがありません。
問題は「英語で授業をしていること」ではない
誤解してほしくないのですが、
英語で授業を行うこと自体が問題なのではありません。
- 英語と意味をどう結びつけるのか
- 文の構造をどこで整理するのか
- 分からなかった瞬間を、どこで回収するのか
これらを授業設計として処理していないことが問題です。
重要なのは、
理解のプロセスそのものが、授業内で完結しているかどうかです。
中1入学時点で「できている前提」とされていること
現在の中学校英語は、
「小学校で一定の英語表現に一度は触れている」ことを前提にスタートします。
以下は、中学1年生の教科書を進めるうえで、
できている前提とされている内容です。
- 名前・年齢のやりとり
What’s your name? / My name is Ken.
How old are you? / I’m twelve years old. - 誕生日について話す
When is your birthday?
My birthday is in May. - 好きな教科・ものを伝える
I like science. - アルファベットの読み書き
- 「〜できる」と言える
I can swim. - 時間のやりとり
I get up at seven. - 食べたいものを伝える
I want to eat pizza. - できるかどうかを聞く
Can you play soccer? - 生活習慣を話す
I go to school by bike. - 行きたい・行った場所を伝える
I went to the park. - 将来の夢を話す
I want to be a teacher.
※ すべてを完璧に言える必要はありません。
しかし教科書は、これらに一度は触れている前提で作られています。
英語は嫌い。でも、できるようになりたい
多くの子どもたちは、
英語は嫌い。でも、できるようになりたいと思っています。
分からないから嫌いになっただけで、
最初から諦めているわけではありません。
それでも、私たちはやる
理想的な形ではないかもしれません。
しかし、今この瞬間に困っている子どもがいます。
だから私たちは、
理解が止まっている地点を一緒に確認し、
構造を整理し、
「分かる」という実感を取り戻す手助けを続けます。
保護者の皆さんへ
お子さんが英語でつまずいているとき、
「なぜうちの子は英語ができないのか」と責める必要はありません。
大切なのは、
「今、どこで理解が止まっているのか」を一緒に確認することです。
この記事が、
「うちの子が悪いわけではなかった」
そう感じるきっかけになれば幸いです。
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